リキ物語 第3話 パトカーに乗ったリキ

シェパードは大きく、その力もかなりなものです。犬歯などそばで見ると、もしこいつに反乱を起こされたらとゾーとすることがあります。犬をコントロールする自信の無い人はこの種類の犬は飼わない方がよろしい。では、訓練士に頼めば良いかというと、どうもそれだけではうまくいかないようです。昔々、私が豊中高校に通っていたころ、うちに五郎と言う名のエアデルテリアがいました。鎌倉時代の敵討ち物語、曽我の五郎・十朗の名前をとったので漢字で五郎と書きます。五郎は完璧なまでに塾通いをしていました。訓練士がついてかなりの高等教育まで受けたはずです。確かに、訓練士といれば完璧に訓練を施された犬でしたが、訓練士にまかせっぱなしで、だれも一緒に訓練をしたわけではないので、家族の言うことはほとんど聞きません、家では勝手気ままでした。それ以来、わが家の犬は塾へ行っていません。
 同じシェパードでも、いちリキ、にリキ、さんリキと性格は微妙に異なります。犬をトレーニングする場合、抑制をかけることと、能動的に何かをさせることの二つの方向性があります。例えば、おすわり、ふせ、まて は抑制命令ですが、行け、ジャンプ、ファイトは能動命令です。
 にリキは、とってもお利口で抑制命令は完全なまでに遂行しました。ボールを投げて、行け、20m位全速力で走った所で、止まれ。急停止をします。さんリキはこうは行きません。いったんGOというと最後まで行ってしまいます。にリキは東大、さんリキは早稲田中退と言われる理由はここにあります。止まれが効かないと、時には危険ですから、さんリキにはほかの命令で対処することにしました、走りだしたところで、回れ右!。バスケットボールの選手のように180°方向を変えると一目散に帰ってきて、私を過ぎて15m位後ろまで駆け抜けます。回れ右はさんリキの得意な能動命令のようです。
 そんなわけですから、にリキは待ってと言われると、いつまでも待っていました。ただし、こちらがそれほど抑制の効く人間ではないので、30分以上は試したことはありません。人通りの多い午後5時頃の千里中央の本屋さん前で、すわって待って、私が本を買って出てくるまで、リードなしにじっと待っていました。いや、リードを付けていないと、危ないと怒る人がいるので、リードは付いているように見えますが、本当はどこにも結ばれてはいません。その端はリキがお尻の下に敷いているだけです。
 ある冬の夜、9時は過ぎていたと思います、近所の公園でにリキを滑り台に登らせ、30分待ての訓練をしていました。こちらは100m位離れた所にいます。これはこちらにとってもかなりつらい訓練で、寒い・退屈この上ありません。30分たって小声で「来い」。犬は人間の何倍も音が聞こえますから、大きい声を出す必要はありません。ところがこの直後、ギャーアーと悲鳴がしました。びっくりして走って行こうとしましたが、リキはまっすぐこちらに向かってきます。リキにリードを付け、滑り台の所に行くと、小さい犬をつれたおばさんが、腰がぬけたようにしゃがんでいました。無理もありません、暗闇の空中から突然、オオカミ男が飛んで出てきたのです。平身低頭。
 お勉強のときにいい子であることと、日頃の生活態度が品行方正であることとは違います。いちリキもさんリキも、勝手に家を出て行ったりすることは皆無でした。山へ行っても人の見えるところから離れることはありません。にリキは違いました。訓練で「ついて」と言われると、ぴったりと人の左側をバキンガムの近衛兵のように同じ歩調であるきます。ところが訓練が終わるとフラフラとどこかへ遊びにいってしまいます。友人の“灘高卒東大”にもこんなのがいました。もちろん、近くにいる場合は呼べばすぐ来ます。「訓練」と言えばすぐ訓練モードにもどります。しかし、声の届かない所に行ってしまうとお手上げです。
 にリキのもう一つの特徴は、みんなお友達です、人でも犬でも猫でもすぐお友達になりました。一応番犬ですから、初めての人が玄関に来たときは吠えていましたが、中に入ってくるとすぐ仲良しです。幸い、この秘密は泥棒団に知られることはなく、ご近所が軒並み泥棒団にやられた時もわが家は無事でした。念のために申し添えますが、今リキは決してそんなことはありません。無断侵入者には、警告を発することなく攻撃するかもしれません。泥棒様、御注意ください。
 さて、にリキの、誰でもお友達みんな大好きお人好しに、最初に気づいたのはヨットハーバーでした。リキはまだ少年です。ヨットハーバーは家から車で3時間、三重県五カ所湾にあります。私がヨットの整備をしている間、側にいたはずのリキの姿が見えません。しばらく大声で呼びましたが帰ってきません。しまったと思いました。家から何百キロも離れた場所で主人と離れ、苦労の末、やせ衰えて、わが家にたどり着いた名犬の物語を思いだしていました。しかし、そのような状況になって家にたどり着ける確率は極めて低いはずで、事故の危険性の方が遥かに高いとも考えていました。通って来た道のほとんどは高速道路です。もし、臭いをたよりにナビゲーションをすると、高速道路を通ることになります。犬の臭いの感覚は人間の1000倍とも5000倍とも言われます。犬は臭いの記憶をたどることができます。人が映像と言葉で思考を形成しているのに対し、犬は臭いでも思考が形成できるといいます。臭いの記憶をたどって行けば、三重県の五カ所から家までナビゲーションができるかもしれません。どのリキも、伊勢道の安濃サービスエリアが近づいたら5km先からわかるようです。いつもそこで休憩とおしっこをすることを知っています。帰りは、万博公園で、家が近いことを知り、そわそわ、わいわいと騒ぎが始まります。三匹リキとも同じです。
 さて、にリキを見つけねばなりません。念のため、車を来た方向に20分ほど走らせて見に行き、ハーバーに帰ってきた時、入り江の向こう岸にリキの姿が見えました。呼ぶと、一目散にかけて来て、「面白かったよ」と言いました。犬が大好きなコマイさんと山へお散歩に出かけていただけなのです。でも、リキとコマイさんはその時が初対面です。
 家へ帰って来てからも、次々と事件が発生します。猫のように誰も気にしなければ、そのうち家に帰って来たのでしょう。しかし、リキは大きくて目立ちすぎます。何らかの形で人様のお世話になったようです。ある時は、犬大好きのおじさんのお家へ上がり込んでお茶を飲んでいました。探し回って、やっと迎えに行くと、おじさんニコニコ笑って「またいらっしゃいね」。なぜか、そのうちご近所にリキさん情報網が確立したようで、必ずご近所の犬好き、犬情報通のお家に連絡が入り、犬を飼う時の心構えとおしかりの言葉を添えて、わが家へ連絡がくるようになりました。
 あるときは、中学校の先生から連絡が入りました。公園を越えて高校を越えてさらに道路を渡り向こう側の校庭で子供たちと遊び、教室までついて入ったそうです。またまた、平身低頭で迎えに行くと、もちろん先生からは大目玉ですが、子供たちからは「エー、もう帰るの、またね」と言われていました。
 こちらも、次第に逆戸締まりに気を付けるようになり、脱走事件も少なくなり、もう大丈夫と思ったころ、またまたリキがいなくなりました。まず、犬大好きおじさんの家へ電話をしました。「お茶に伺っていませんでしょうか」、いません。しかられるのを覚悟で、お犬様情報網へ、まだわかりません。公園を越えて向こうの中学校の職員室へも行きました。
 とうとう、三日目です。最近は見ませんが、昔の野犬狩りを思いだしていました。子供の時に見たことがあります。針金の投げ縄を、犬の首にかけて、犬を捕らえます。首に投げ縄がかかった犬は空中に放り投げられ、ドサと地面に叩き付けられます。かなりのショックのようで、犬はキャーンと言ったきり、動けなくなり、檻に投げ入れられたあとはすっかり怯えた罪人のようでした。私が子供の時に飼っていたスピッツのユキが、野犬狩りに捕われました。管轄は保健所で、飼い主がおそれいり貰い受けに行きます。真っ白な、美人ユキはすっかりやつれ、違う犬かと思いました。ほかにも当時は、私的犬捕りもあったそうです。こちらは、肉や皮が目的のため助からないと聞きました。
 そこで、保健所へ電話。最近は野犬狩りはほとんど行っていないとのことです。「ここ2-3日はこの近辺では絶対行っていません。」「拾得物として警察にいることが多いですよ」とも言われました。
 警察署へ電話、どうも大型犬の拾得物が一件あるようです。飛んで警察署へ行きました。リキです。警察署の裏庭につながれていました。相変わらず、ニコニコ笑っていました。最初、「ご本人の持ち物かどうか確認を」と言っていた拾得物係のおまわりさんも、リキの喜ぶ態度ですぐわかったようでした。
 おまわりさんの話では、小学校の近くに大型犬がうろうろしているので危険だと110番があったそうです。パトカーが出動しました。校門の前にシェパードがいました。おまわりさんがパトカーからおりました。後部座席のドアを開いたとたん、シェパードが自らパトカーに乗って、ドカと座ったそうです。
 大目玉を食らうか、下手をすれば、「なんとか条例違反で、10万円の罰金」と覚悟して行ったのですが、最後におまわりさんがいいました。「もう帰るのかい、またおいで」わずか、二日間でリキはおまわりさんとも大仲良しになっていたようです。

 2008-09-05